自分は死んだ方がいいのか?
仕事に出掛けるために外に出ると
それだけを見れば
真夏だと言われても信じてしまうくらいの
深いブルーの空が頭上に広がっていた。
素肌を容赦なく刺す冷たい風と
そいつが吹き飛ばす黄色い落ち葉の溜まり場が
僕に 今が冬だということを教えてくれるけれど・・・。
朝から働いている某ファーストフード店で
検便を提出しなければならず
それがあるたびに自分の部屋の洋式便所では
先に貯まっている水にブツが落ち込んで
満足に回収できないので
僕は近くにある地下街の和式トイレまで
大便をしにいって そこで採取しているのが
最近の日課になっているのであるが
この前の日曜日に それをやりにいって
まぁ公衆便所というものは(女子トイレは知らないが)
たいがい他愛のない落書きがしているものだが
きばっているときに ふと前方を見ると
トイレットペーパーのホルダーに
(無職、ニート、フリーターは世間の粗大ゴミだから
早く死ね)という落書きを見つけまして・・・。
まぁそれを見ても フリーターの僕は何も感じなかったけれどね。
しかしあの落書きを書いたバカは
そんなに偉い生き方をしているのかね?
意外と 同病相憐れむではないけれど
似たような境遇の人間が書いていたりして・・・。
先週末にあったフィギアスケートNHK杯を見て
僕が応援する安藤美姫さんは
フリーの演技で得点が出せず
今度 トリノで行われるGPファイナルには
出場できなくなってしまった。
1ファンとしてかなり残念である。
その後にある全日本選手権、世界選手権での
活躍を期待しています。
先週の木曜日に
県立美術館に「モーリスユトリロ展」を観に行った。
少し前から仕事が休みになる度に 行こう、行こうと思っていて
やっと行くことが出来たのでした。
会期は、どうやらこの前の日曜日までだったらしいので
ぎりぎり間に合ったというのが本音である。
僕は 別に 美術評論家でも何でもないけれど
絵画を見るのが好きなんですよね、
美術館にもよく足を運ぶ。
今までそれなりにたくさんの作品を見てきたけど
今回が一番 何も感じなかった、というか
何も心に残らなかった、というのが正直な感想である。
展示されていた作品が
ほとんど同じ街並みを描いたものだったり構図だったりしたことが
自分を退屈な思いにさせたのかもしれないけれど
日頃の睡眠不足がたたってか
鑑賞中 立ちながら眠ってしまったほどで・・・。
じゃあオマエにあれらと同じか
あるいはそれ以上の作品が書けるのか、と言われれば
そんなことは全然なくて、
上手いとか下手とか そういう問題ではないんだけども。
ただ世界的に有名な画家の作品を
間近で見ているのにも関わらず
何も感じない 何の感銘も受けない
自分の感受性の無さに 茫然としていた。
世間で 良し、とされているモノ 全てを
自分が 肯定的に とらえなければならないわけではないだろうけど
自分の価値観に合わないものは
世の中には腐るほどあるだろうけど
それでも 絵画を観て 何も感じなかった自分のことが
やたらと寂しかった。
僕が もっと年をとったとき
もう1度 彼の作品を観る機会があったとして
そのときは 果たして 何かを感じるだろうか?
感じたい、とは思う。
「栗山」さんへ
長いコメントありがとうございます。
で、結局 見てないんですよね???
たしかに あの作品は 暗いトーンで進んでいくし
最後がハッピーエンドでは決してない
よく考えてみれば 救いがない映画のようにも思えるのですが。
でも いろいろ考えさせられるとは思うので
時間と心に余裕が出来たときに
観てやってくださいな・・・。
睡眠時間が どんどんなくなっていくので もう寝ます。
オヤスミナサイ。
| 固定リンク
« 僕は薄情な人間だ。 | トップページ | 無題 »



















コメント